涼宮ハルヒの驚愕(前)(後):谷川流

Q. 面白かった?
A. うん、面白かった


Q. 4年待たせただけのことはある超傑作だよね?
A. もちろん! 最高だったよ!


『分裂』から続く『驚愕』の特徴を一つ挙げるとするならば、それはシリーズ初とも言える「外敵」の存在だろう。そもそもこれまでの『涼宮ハルヒ』シリーズには明確な「敵」というものは存在していなかった。せいぜい朝倉涼子くらいのものだったろう。そこに今回、明らかに敵意を持った未来人「藤原」が現れる。そう、「敵」は周防九曜でもなければ橘京子でもない。この藤原だ。宇宙人である周防九曜は極めて高い能力を持つが、その思考形態は人類とはかけはなれており、「敵意」などという人間らしい意識は持ちづらい。また、超能力者である橘京子の場合、その力を発揮できるのが閉鎖空間内に限定されている以上、能力としては決して恐ろしいものではない。同じく超能力者の古泉や森さんの恐ろしさは、個人の能力の高さに由来するものであって、それは今回の橘京子のていたらくを見れば分かることである。そこで未来人である。本来ならば、未来を知っている、時間を移動できるというのは、それこそラスボス級の能力のはずなのだが、SOS団の未来人である朝比奈みくるは、みくる本人の能力の低さにより、その恐ろしさをまったく発揮していない。しかし、藤原は違う。彼は意志と目的を持った人間であり、また未来人としての能力を振るうことに躊躇いがない。正しく敵役と言えるキャラクターである。
これまでのシリーズにおいて、キョンはさまざまな事件の解決に奔走してきたが、その行動はSOS団への「愛団心」に起因するものでは決してなかった。なにしろ『憂鬱』でも『消失』でも事件を引き起こしたのはSOS団の身内だったのだ。『消失』での情報統合思念体に対する暴言などは、長門へ敵意を向けられないキョンの八つ当たりでしかないだろう。しかるに今回、「外敵」である藤原の出現により、キョンはようやくSOS団の素晴らしさを高らかに謳い上げ、また存分に敵意を発露することができるようになったのである。
まさに、これこそが『驚愕』最大の見所である。
クライマックスにおけるキョンの荒みようを見よ。「ぶっちぎりでド低能」であり「パーフェクトにぶっ殺してやる」であり「スットコアンポンゲスゴミども」である。こんな素敵なキョンくん見たことない。『涼宮ハルヒ』シリーズが結局のところキョン萌えに行き着くのは自明のことであるが、それでいくとキョンの憎悪に満ち満ちたこのシーンは、シリーズ史上屈指の名場面と言わざるをえないだろう。
しかし、そこで殺伐としたバトル展開に突入しないのも、この作品らしいところなのだ。ドジっ娘・周防ちゃんも、ヘタレっ娘・京子ちゃんも、藤原とキョンが発するドス黒い敵意を薄めるミルクの役割を果たしているが、やはり最も平和的なのは佐々木の存在であるだろう。佐々木はハルヒに対抗する資格を持ちながらも、頭が良すぎるが故に己がハルヒよりも凡人に近いことを自覚し、またキョンの本心を察して、あっさりと身を引いてしまう。藤原と組んでハルヒに対抗するなど佐々木には到底できないことであり、これが全編にわたってキョンが余裕を持っていられた要因だったことは明白である。
そうして『驚愕』は、「いろいろあったけどぜんぶ元に戻りました」という、いつもどおりのヌルい結末を迎えた。もちろん喜ばしいことである。四年の間は開いたが、俺の好きな『涼宮ハルヒ』は変わることのない面白さで再び姿を現してくれた。まったく感謝感激の極みであり、信者として「超傑作」以外の評価を下すことは困難だと言うしかない。谷川流が『涼宮ハルヒ』を書いてくれればそれが俺にとっての傑作なのだ。